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2006.08.14

金星は

 

雲に被われた暑い星だ。

暑さと湿気のために住民の大半は若死にする。

三十年も生きれば伝説になるほどだ。

そしてその分だけ彼らの心は愛に富んでいる。

すべての金星人はすべての金星人を愛している。

彼らは他人を憎まないし、うらやまないし、軽蔑しない。

悪口も言わない。

殺人も争いもない。

あるのは愛情と思いやりだけだ。

「たとえ今日誰が死んだとしても僕たちは悲しまない」

金星生まれの物静かな男は言った。

「僕たちはその分だけ生きているうちに愛しておくのさ。後で後悔しないようにね。」

「先取りして愛しておくってわけだね?」

「君たちの使う言葉はよく分からないな」と彼は首を振った。

「本当にそう上手くいくのかい?」と僕は訊ねてみた。

「そうでもしなければ」と彼は言った。

「金星は悲しみで埋まってしまう」

  

 1973年のピンボール/村上春樹

 

 

 

 

 

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